
自分の気持ちなのに、わからない
Netflixの恋愛リアリティ番組『ラブ上等』を見ました。
「好きだけど、傷つきたくはない」
「過去の傷を思い出して不安になる」
「相手は好きだと言ってくれるけど、自分が好きなのかはわからない」
「そもそも好きとは何なのか」
出演者たちの言葉に、とてもわかる、と思いました。
私も若い頃には、同じようなことで悩んでいたと思います。
近づきたいのに、近づくほど怖くなる。
居心地はいいけれど、それを「好き」と呼んでいいのかわからない。
10月の星図を読みながら、ラブ上等の出演者たちの言葉と、昔の自分が重なりました。
今月は、この「わからない」を急いで片づけず、自分の気持ちをもう一度知っていく一ヶ月です。
「別にどうでもいい」と言ってしまうとき
「私のこと、どう思ってる?」と聞きたい。
でも、望んだ答えが返ってこなかったら怖い。
だから、「別にどうでもいい」と言ってしまう。
番組でも、好きな人がほかの人と親しくするのを見て、怒ったり、泣いたりする場面がありました。
その奥にあったのは、「私をもっと見てほしい」という気持ちだと思います。
その気持ちを、「私は(あの人は)、重い」の一言で片づけることはできません。
「私をもっと見てほしい」「私をもっと愛してほしい」という切なる願いは、相手よりも、自分に聞いてもらいたい言葉なのかもしれないから。
自分の中の小さな子供が、ただ私を愛してほしい、私に気づいてほしいと自分に訴えかけている。
でも、大人の自分は、他人や外側ばかりを見て
「どうせ私は愛されない」
「私よりあの子の方が可愛いから」
「こんなことで泣くなんて弱すぎる」
「こんな自分では愛されない」
と自分を責め、
傷ついているのに感情を押し殺し、他の人に優しさを求めたり、「平気」と自分に言い聞かせたりする。
あなたにも、そのようなところはないでしょうか。
寂しいのに、強がってしまったり。
「この程度のことで」と自分を責めてしまったり。
本当は傷ついているのに、「大丈夫」と言い聞かす。
大人の自分から強がりの言葉が出たら、その奥にいる子供の自分に、ひとこと声をかけてみてください。
「怖かったね」
「寂しかったよね」
「ちゃんと気づいているよ」
「あなたのこと、愛しているよ」と。

好きなことに、条件をつけていないか
恋愛をするときに、相手が自分にとって利益をもたらすかどうかばかりを考えていると、「好き」がわからなくなります。
恋愛だけではなく、他のことも同じです。
たとえば、絵を描くのが好きだったのに、「上手い人はいくらでもいる」「お金にならない」と、道具をしまい込む。
自分の好きなことにまで利益があるかどうか、役に立つかどうかばかり考えていると、自分が何を好きで、何に喜ぶのかが、だんだんわからなくなります。
「好きなことがわからない」の奥に、「役に立たないことはやってはいけない」という大人のあなたの声が隠れていることがあります。
「好きなことを、ただ純粋に楽しみたい」という子供のような願いは聞き入れられず、すべての行動に結果や意味を求めてしまう。
SNS時代の今、特に他者からのいいねや称賛がなければ、まるで意味がないように感じてしまうかもしれません。
世界で自分だけがおいて行かれているような気持ちになってしまうこともあるでしょう。
ですが今月は、大人の声を一旦脇に置き、役に立たない「好き」を一つ、自分に許してあげてください。
上手でなくても、
何の役に立たなくても、
誰も見向きもしなかったとしても。
あなたがやっていて、楽しいこと。
嬉しいこと。
あなたの中の子供を喜ばせてあげるように。
まずは、あなた自身に、「何の不安も恐れも障害もなく、全ての条件が揃っているとしたら、何がやりたい?」と尋ねてみてください。
じっくりと、忍耐強く。
大人の頭はこの時期一旦お休みです。
それは本当に恋? それとも投影?
一緒にいて楽だし、離れると寂しい。
でも、胸が苦しくなるほどのドキドキはない。
これを好きと言っていいのか、わからない。
そんなときは、自分がどんな気持ちを「愛」や「恋」と呼んできたのか、改めて考えるときかもしれません。
「この人なら、私に足りないものを補ってくれる」
「私の傷も含めて、全部を受け入れて愛してくれる」
誰かとの恋がはじまるとき、心のどこかでそう願っていることはありませんか。
小さな頃に、欲しかった愛情をもらえなかった。
少なくとも、自分ではそう感じている。
だから、「私は愛されない」「私には何かが足りない」と思いながら大人になる。
そして恋愛に、子供の頃に満たされなかったものを満たしてくれる人を、無意識のうちに求めている。
エーリッヒ・フロムが『愛するということ』のなかで述べているように、多くの現代人は、自分が愛され、満たされることばかりを考えているのかもしれません。
フロムは、愛は技術であり、修練が必要だと言います。
そう言われても、ピンとこない人が多いでしょう。
「愛されたい」「満たされたい」と渇望する者同士が出会うとき、そこにあるのは、本当に相手への「愛」なのでしょうか。
それとも、自分の中に置き去りにしてきた自分の一部を相手に投影し、相手の中に「私を満たしてくれる人」の姿を見ているのでしょうか。
その期待が大きければ大きいほど、胸が高鳴り、相手が必要になり、相手がほかの人を見ようものなら不安になる。
それを、「愛」や「恋」と呼んでいるのではないでしょうか。
その場合、本当の相手の姿は見えていません。
自分を満たしてくれるかどうかという物差しで、相手をジャッジしているからです。
すべてを受け入れる愛とは、真逆のまなざしです。
その先にあるのは、ループです。
相手が思いどおりに満たしてくれないと、「裏切られた」「やっぱり私は愛されない」と深く傷つき、その思い込みがさらに強くなる。
そして、この投影は、恋愛の中だけで起きるものではありません。
親もまた、満たされない思いを抱えたまま大人になった一人です。
その満たされなさを埋めるように、子供に「こんな子であってほしい」という理想の姿を映すことがあります。
期待に応えたときだけ褒められ、応えられないときには、がっかりされる。
そうして育った子供は、「そのままの私では愛されない」と感じるようになる。
満たされない親が子供を育て、その子供もまた、満たされない大人になる。
投影は、そうやって連鎖していきます。
私は、この人自身に惹かれているのか。
この人が満たしてくれそうなものに惹かれているのか。
私は、この子を本当に愛せているのか。
それとも、この子に、私が満たせなかった部分を満たしてもらおうとしているのか。
今月は、あなたが「愛」や「恋」と呼んできたものを、もう一度、深く見直してみる。
そんな空のタイミングです。

「ただ在る。それでいい」
本当は寂しいのに、「ひとりでも平気」と言い聞かせる。
「どうせ私なんか」と、期待する前に諦めてしまう。
「人の役に立たなければ」「ちゃんとしていなければ」と、限界を超えて頑張り続ける。
どれも、「そのままの自分では愛されない」という同じ思いから生まれた、自分を守るための言葉です。
誰かの役に立っているときだけ、ここにいていいと思える。
だから、誰の役にも立たないことをすることに、なんだか罪悪感を感じてしまう。
「好きなことを、ただ楽しむ」というのが難しいのも、やっぱり「ありのままの私は愛されない」という無意識の思い込みからきているのかもしれません。
私自身、ずっと「誰かの役に立てなければ、私はここにいる価値がない」と思っていました。
役に立っている私は愛される。でも、役に立っていない私は……
ちゃんとしている私は認められる。でも、ちゃんとしていない私は……
こうして、役に立たない、ちゃんとしていない自分は在るべきではないと、自分の中から排除しようとしてきました。
しかし、どんなに排除しようとしても、その自分は消えません。排除しようとすればするほど、その存在感はもっと強くなります。
だから、そんな自分を責めて、自己嫌悪に陥りました。
心理学では、こうして押し込めてきた自分の認め難い一面を「シャドウ(影)」と呼びます。
こうありたいと願う自分が強くなればなるほど、シャドウも濃くなるのです。光が眩しければ眩しいほど、影が濃くなるように。
そして、蠍座に太陽が昇る今月は、押し込め排除したはずの自分のシャドウと対峙しなければならないときがくるでしょう。
そんなときは、どうか自分を責めないで。
深呼吸をして
頭の中に次々と浮かぶ思考の声を鎮め
「何の役に立たなくても、私はここにいていい」
「役立たずの自分も、私は愛してる」
「ただ在る。それでいい」
と心の中で何度も宣言してみてください。
それが、真実です。

本当の「好き」が見えるとき
恋をしても、何かを手に入れても、誰かのために頑張っても、どこか満たされない。
だから、
スマホをスクロールし続けて刺激を求め、刹那の快楽に身を浸す。
恋人に満たしてもらおうとする。
誰かに尽くすことで、ここにいていい理由を探す。
「いいね」や称賛で、自分の価値を確かめようとする。
それで得られる幸せは、きっとほんの一瞬で、またすぐに満たされない日々が戻ってくる。
なぜならその奥には、「そのままの自分では愛されない」とずっと孤独を感じ続けている子供の自分がいるからです。
大人は孤独を外側の何かで埋めるのが得意です。でも、あなたの中の子供が一番に求めているのは、外側の何かではなく、他の誰でもない「自分の愛」ではないでしょうか。
一生、ずっとそばにいて、どんな苦しみも共に耐えてきた。
私は私に愛されたいのだと気づくとき、周りに投影していたものの正体に気づくことがあるでしょう。
実は、恋人に言ってもらいたかった言葉は、自分に言ってもらいたかった言葉だった。
親に認めてもらいたいと長年願っていたことは、自分に認めてもらいたかったことだった。
そうやって、ひとつひとつ、投影に気づき、押し込め排除してきた自分を取り戻し、少しずつ本当の自分に還っていくことで、
自分の「好き」がどんなものだったかを思い出し、
ふとした瞬間に、心からの喜びを感じられるようになっていくでしょう。
こうして、10月は、自分の気持ちにもう一度寄り添って、自分で自分を満たし、自分との信頼関係を揺るぎないものにしていく一ヶ月です。
秋の深まりと共に、あなたの中の「好き」も、深く、鮮やかに色づいていくでしょう。
あなたの「好き」は、あなたの中で、ずっとあなたを待っています。
どうぞ、そんなグラデーションの季節を楽しみながら心穏やかにお過ごしください。

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