欲望の轍【2026年11月🌟星と月のおくりもの🌕】

 

【11月 MONTHLY HOROSCOPE🌟】

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『THE LOVER’S PATH TAROT』《VII DESIRE》
絵:Kris Waldherr

戦車ではなく、「欲望」

『THE LOVER’S PATH TAROT』の大アルカナ7番には、《DESIRE――欲望》という名前が与えられています。

伝統的なタロットで、この位置にあるのは「戦車」です。勝利、前進、意志の力。人生を前へ動かしていく推進力を表すカードです。

けれど、このカードに戦車は描かれていません。

描かれているのは、固く抱き合うトリスタンとイゾルデ。二人のマントは強い風にあおられ、大きくひるがえっています。イゾルデは目を閉じ、トリスタンの胸に身をあずけています。

このカードにおける戦車とは、二人を運ぶ乗り物ではなく、二人の内側に目覚めた「欲望」そのものなのです。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
《Tristan and Isolde with the Potion》1916年

トリスタンとイゾルデは、中世ヨーロッパの宮廷で語り継がれた恋の物語です。許されない恋といえば、日本では『ロミオとジュリエット』が有名ですが、その物語が生まれる四百年以上も前から、人々はこの悲恋に心を寄せてきました。

当時、多くの貴族の結婚は、家と家、国と国を結ぶためのものでした。とりわけ女性にとって、結婚相手を自由に選べる余地は限られていました。そんな宮廷社会で語られた、若く美しい騎士と王妃の許されない恋。それは、現実には生きることのできない感情を、物語の中で生きるための場所でもあったのでしょう。

自分では生きられない恋を、物語の中で生きる。

物語のヒーローやヒロインを通して、自分の中にもある強い欲望を疑似体験する。現実の暮らしを壊すことなく、その熱を胸いっぱいに味わい、また穏やかな日常へ戻ってくる。

八百年以上前の人々がそうしたように、私たちも今、恋愛ドラマに胸を焦がし、「推し」を応援し、物語の中に自分の欲望の向け先を見つけています。

叶わない欲望を受け止めてくれる器。物語は、ずっとそんな役目を担ってきたのかもしれません。

欲望は、止まっていたものを動かします。理性や計画を追い越し、ときには本人さえ思ってもみなかった方向へ、人生を運んでいきます。

欲望は、私たちを破滅へ導くこともあれば、何かを生み出す力にもなる。

蠍座の季節から射手座の季節へ。秋が深まる11月は、自分を動かしてきた欲望の、その奥を見つめ、人生の手綱を自分の手に取り戻していく一ヶ月です。

1 二人を運んだ媚薬

この物語の骨格は、コーンウォールのマルク王に忠誠を誓った騎士トリスタンと、王の妻として迎えられるアイルランドの王女イゾルデの、許されない恋です。

広く知られる中世の物語では、イゾルデの母が、娘とマルク王のために愛の媚薬を用意します。ところが海を渡る船の上で、トリスタンとイゾルデはそれを酒だと思い、誤って飲んでしまいます。

媚薬が血のなかを巡った瞬間から、忠義も、婚姻も、国と国との約束も、二人を止めることはできなくなります。

ハーバート・ジェームズ・ドレイパー
《トリスタンとイゾルデ》1901年
  原題 Tristan and Isolde/Herbert James Draper, 1863–1920

さて、その後の二人は、純粋な愛を貫いたのでしょうか。

それとも、抑制のきかなくなった欲望に手綱を奪われ、互いの人生を破滅へ運んだのでしょうか。

2006年の映画『トリスタンとイゾルデ』では、媚薬そのものが取り除かれています。二人は魔法によってではなく、自らの意志で恋に落ちます。

映画の二人は敵対する国に生まれ、イゾルデはトリスタンが忠義を誓う王の妻になります。決して結ばれてはならない。それでも相手を思う気持ちを抑えられず、人目を忍んで逢瀬を重ねます。

媚薬があっても、なくても、頭ではいけないと分かっているのに、どうしてもやめられないことがある。

相手のまなざし。触れたときの高揚。会えない時間の渇き。禁じられているからこそ、いっそう強まる思い。

媚薬は、人の心の中にも生まれます。

2 欲望に、意図を与える

トリスタンとイゾルデほど劇的ではなくても、私たちもまた、毎日、何かの欲望に動かされて生きています。

認められたい。
お金がほしい。
悲しむ人を見たくない。
好きなことを、ただ純粋に楽しみたい。

人を動かす欲望は、さまざまです。そして欲望は、やがて「意図」という方向を持ちはじめます。

こうしたい。こうなりたい。こうありたい。こうはなりたくない。

「こうしたい」と思ったとき、胸の内に生まれた欲望は、向かう先を持ちます。その意図が日々の選択に表れ、やがて習慣になり、少しずつ人生の形をつくっていきます。

人生には、自分で選んだ道と、選ぶ間もなく与えられた出来事が折り重なっています。生まれた環境、誰かの決断、突然の別れや病気。その合間を縫うように、私たちは何かを求め、何かを避け、いくつもの選択を重ねながら歩いてきました。

その軌跡の中に、自分の欲望と意図が刻まれています。

今の人生を見渡して、「こんなはずじゃなかった」と思う日もあるでしょう。

あとから振り返れば、若気の至りも、愚かな選択も、人生の一興だったと思えることがあります。その渦中では笑えなかったことでさえ、今の自分に何かを教えてくれた経験だったと感じられることもあります。

「なぜ、あのとき私はそれを欲しがったのだろう」

その頃の自分は、なぜそれを欲しがったのか。その欲望の奥にあった願いに気づくと、誰かや何かに預けていた手綱が、少しずつ自分の手へ戻ってきます。

だから今月は、これまで自分を動かしてきた欲望と、その奥にある本当の願いを、改めて見つめてみたいのです。

エドマンド・ブレア・レイトン《歌の終わり》1902年
The End of the Song/Edmund Blair Leighton

3 本当に欲しいのは、何か

戦車は、外の世界へ走り出すカードです。目指すものを定め、人は前へ進みます。

けれど、走り出す前に少しだけ立ち止まって、考えてみたいのです。

私たちは本当に、外にある「それ」だけを求めているのか。

「どうしても、あの人をもう一度振り向かせたい」
「あの人を、自分のものにしたい」
「あれさえ手に入れば、きっと満たされる」

そう思うとき、本当に欲しいのは、その人や物の奥にある、「愛されていると感じたい」「自分は必要な人間だと思いたい」という感覚なのではないでしょうか。

お金が欲しいのは、安心したいから。
認められたいのは、「ここにいていい」と感じたいから。
誰かを振り向かせたいのは、自分には愛される価値があると信じたいから。

外にあるものは、その感覚へたどり着くための手段なのかもしれません。欲望の視線をたどっていくと、外側にある何かの向こうに、自分の内側の風景が映りはじめます。

外へ向いた欲望を、鏡に反射させるように、自分の内側へ戻してみる。

そうすると、思いがけないものに出会うことがあります。

心から好きなもの。
手放せずにいる恐れ。
まだ癒えていない傷。
誰かを大切に思う気持ち。

欲望の奥にある、本当の願い、愛や恐れに。

《美しきイゾルデ》ウィリアム・モリス 1858年
La Belle Iseult 1858 William Morris 1834-1896

4 媚薬が切れたあとに、残るもの

十二世紀、ベルールと呼ばれる詩人が、トリスタンとイゾルデの物語を古フランス語の詩にまとめました。現存する写本は一冊。しかも物語の始まりと終わりが失われた、不完全な形で伝わっています。

その物語では、媚薬の効き目は三年とされています。

三年。

永遠を誓うには短く、人生を変えてしまうには十分な時間です。

「恋は三年」ともいわれるように、どれほど強く惹かれたものにも、やがて慣れるときが来ます。

私たちも、欲しかったものを手に入れた瞬間には、強い喜びを感じます。けれど、時間が経つにつれ、はじめに感じたほどの喜びや魅力を感じなくなることがあります。

新しい家にも、肩書きにも、誰かからの愛の言葉にも、少しずつ慣れていく。

すると、また次の何かが欲しくなる。

何かを手に入れても「まだ足りない」が消えないとき、渇きの源は、手を伸ばしている先よりも、もっと根源的な場所にあるのかもしれません。

Tarot of Her
by Sarah Jane Lambert and Melissa LaFara
《15 THE TRAP / 罠》悪魔の札

安心も、喜びも、愛しさも、誰かに代わりに感じてもらうことはできません。それを感じている場所は、いつも自分の内側です。

そしてそれは、誰かの許可や、何かを手に入れる日を待たなくても、いつだって感じていいもののはずです。

けれど私たちは、ときどき自分に条件を出します。

あの人が振り向くまでは、幸せになってはいけない。
これを手に入れるまでは、安心してはいけない。
もっと立派になるまでは、自分を認めてはいけない。

そうやって幸せの基準を上げ続け、自分に「まだ感じてはいけない」と命じてしまうのです。

もしかしたら、かつて親が自分にそうしたように、今は自分が自分へ、愛されるための条件を課しているのかもしれません。誰かの価値観を、自分自身の声として、自分に語っていることはよくあることです。

ただ在るだけでいい。

今日も生きられた。それでいい。
ご飯が食べられた。幸せだ。
今日も大切な人と過ごせた。これ以上、何を求めるのだろう。

雨の日も、晴れの日も、どんなときも、在るだけでもう十分。

そう思えたら、どれほど楽に生きられることか。

私は実際に、そう思いながら生きるようになってから、ずいぶん楽になりました。

もし今、「足りない」という焦りに駆られ、外側ばかりに目を向けているのなら、そのエネルギーを一度、自分の内側へ戻してみてください。

「そうか。私は、そう思っているんだね」
「いつも、よくやっているよ」

一番大切な人の話を聞くように、自分の話に耳を傾ける。励まし、いたわり、ありったけの愛を込めて、自分のことを大切にする。

そうした積み重ねが、自分の内側の「在る」という感覚を、少しずつ豊かに育ててくれます。

自分の内側が満たされていくと、欲望の質が変わります。

「足りない自分を埋めたい」という渇きから、「この世界に何かを生み出したい」「大切なものを、もっと大切にしたい」という願いへ。

欲望は、欠けた場所を誰かに埋めてもらうための衝動から、自分の生き方を主体的に選ぶ意図へと変わっていきます。

一時の熱が冷めたあと、静けさの底に残っているもの。誰からの讃美がなくとも、心が向かうもの。失うことへの恐れより、愛しさから守り、大切にしたいと思えるもの。

媚薬が切れたあとに残るものこそ、本当に守りたいものなのかもしれません。

5 白と黒のスフィンクス

ライダー・ウェイト・スミス版
《VII THE CHARIOT》
絵:Pamela Colman Smith、1909年

ウェイト版のタロット「戦車」では、戦車の前に、白と黒の二頭のスフィンクスがいます。そして御者は、手綱を握っていません。

白と黒の二頭は、互いに異なる方向へ引き合う力として描かれます。

欲望の中にも、相反する力があります。

愛されたい。でも、もう傷つきたくはない。
自由になりたい。でも、今ある安心は失いたくない。
もっと成功したい。でも、大切な人との時間も守りたい。

相反する二つの願いが、どちらも本当の声として、胸の中にあります。

一方を力ずくで黙らせれば、もう一方が暴れ始めます。だから御者は、二頭をひとつの行き先へ導こうとします。

手綱がなくても戦車が進むのは、御者の意志が二頭をまとめているからだと読まれてきました。

同じ欲望でも、どのような意図を与えるかによって、その先に生まれるものは変わります。

トリスタンとイゾルデの欲望は、王への裏切りとなり、二人だけでなく周囲の人々をも破滅へ巻き込んでいきました。

一方で、結ばれなかった思いを、芸術や文学へ昇華させた人もいます。

ダンテは、現実には結ばれることのなかったベアトリーチェへの思いを、彼女を讃える詩へ向けました。サッカッジが1903年に描いた《Incipit Vita Nova(ここに新しい生が始まる)》は、その二人を描いた作品です。

チェーザレ・サッカッジ 1903年
《Incipit Vita Nova(ここに新しい生が始まる)》

この絵は、私が大好きな『The Victorian Romantic Tarot』の「恋人」のカードにも使われています。

The Victorian Romantic Tarot
《THE LOVERS》

欲望は、火に似ています。

手を離せば、すべてを焼き尽くす炎になり、自分の意志で運べば、暗闇を照らす灯になる。

Tarot of Her
by Sarah Jane Lambert and Melissa LaFara
《 FIRE POWER / 炎の力 》ワンドのエースの札

6 欲望の手綱

欲望は、私たちを動かす力です。

恋をさせ、旅に出させ、何かを生み出させ、まだ見ぬものへ手を伸ばさせる。ときには、それまでの人生を大きく変えます。

今の人生には、自分では選べなかった出来事も、誰かの選択も、偶然も折り重なっています。その風景の中を、私たちは、いくつもの欲望と意図に導かれながら歩いてきました。

何を望み、何を避け、どんな選択を繰り返してきたのか。その足跡が、いま私たちの立っている場所へ続いています。

だからこそ、自分の欲望をよく見つめてみたいのです。

その奥に何があるのか。
本当は、何を感じたいのか。
どんな人生を生きたいのか。
どんな自分でありたいのか。

11月16日ごろ、獅子座で火星と木星が重なります。胸の奥の戦車が、大きな音を立てて走り出そうとする瞬間があるかもしれません。

その力に、自分が描いた人生へ続く道を与えてみてください。

欲望は、日々の小さな習慣にも姿を現します。

疲れているのに、スマートフォンを眺める手が止まらない。
寂しさを紛らわせるために、お酒を飲みすぎる。
大切な人と過ごしているのに、心は別の場所にある。

目先の欲望に手綱を渡し続けるのか。

それとも、その奥にある本当の望みを知り、より豊かな人生へ向かうために、何かをやめたり、新しい習慣を始めたりするのか。

11月は、自分の欲望が人生に残してきた轍をたどり、その奥にあるものと深く向き合いながら、これから生きたい人生を描き直す一ヶ月です。

今月は、私もじっくり、自分の欲望と向き合いたいと思います。

あなたは今、ご自分の欲望と、どのように付き合っていますか。

それでは、素敵な秋をお過ごしください。

ロヘリオ・デ・エグスキサ
《トリスタンとイゾルデ(死)》1910年
 Tristán e Isolda (La muerte)/Rogelio de Egusquiza

 

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