
あなたは今、
自分が自分でないような感覚を
抱いていませんか?
霧の中で立ちすくんでいるような
視界が悪く、息苦しい
私もかつて、そうでした。
「なんで生きているんだろう」
「生きるのって
なんでこんなに大変なんだろう」
そう思いながら、ただ追われるように
日々を過ごしていました。
それはきっと
私が、本当の自分ではない
「仮面」をかぶって
生きていたからです。
仮面
「良い母親」
「真面目な社会人」
「誠実な人」
「優秀な私」
私たちは、社会で生きていくために
さまざまな仮面をかぶります。
そして、仮面をかぶり続けるうちに
忘れてしまいます。
これは仮面であり、
本当の自分ではないということを。
心理学者ユングは、
この仮面を「ペルソナ」と呼びました。
ペルソナとは、
ラテン語で「仮面」という意味です。

影
光があるところには、必ず影ができます。
ペルソナが光だとすれば
その裏側には、必ず影が存在します。
影とは、
抑圧されたあなたの本音です。
つまり、
本当のあなたからのメッセージです。
ユングは、この影を
「シャドウ」と呼びました。
「頑張る私」の裏には、
「もう頑張りたくない」という影。
「優しい私」の裏には、
「利己的になりたい」という影。
「従順な私」の裏には、
「自分を主張したい」という影。
でもその影は、普段、
恐れに押さえつけられています。
「頑張らなければ、必要とされなくなる」
「利己的になったら、愛されない」
「主張したら、嫌われる」
恐れは、あなたを守るために
その本音を、必死に押し込めます。
そうしなければ
生きていけないと思っているからです。
影は、あなたの意識の光が届かない
無意識の奥へと閉じ込められ
消えることなく鬱積していきます。

鏡
抑圧された影は、他者の姿を借りて
あなたに映し出されます。
『あの人は、いつも自分勝手だ』
そう感じるのなら
あなたの中に、
『自分勝手に生きたい』という影がある。
『あの人は、いつも楽をしている』
そう感じるのなら
あなたの中に、『休みたい』
『もっと楽をしたい』という影がある。
なぜ、影は他人に映るのでしょうか。
それは、
自分の中で認めることができないから。
『私はもっとわがままに生きたい』
『私はもう誰にも縛られたくない』
そう認めることができないから
その影を持っている他人を見ると
強い感情が湧き上がるのです。
怒り
嫉妬
違和感
不快感
SNSに蔓延る誹謗中傷も
一見正義と思えるような言動も
実は、あなたの中にある
影が反応しているのかもしれません。
他人は、あなたの影を映す鏡です。
今日、あなたが感じた感情。
誰かに対する、怒り
誰かに対する、嫉妬
誰かに対する、違和感
誰かに対する、憧憬も
もしかしたら、あなたの中にある
影の現れなのかもしれません。

受容
ユングは言いました。
仮面を脱ぎ、影を受け入れ
本当の自分として生きること
それが、
「個性化(Individuation)」であると。
個性化は、社会的な役割を超え
ペルソナとシャドウを統合し
唯一無二の自分として生きるプロセスです。
『頑張る私』も『怠惰な私』も
尊い私。
『優しい私』も『冷酷な私』も
等しく私。
どちらかが正しくて、
どちらかが間違っているのではない。
ただ、あるがままに
受け入れることが大事なのだと。

罠
よく、引き寄せやコーチングで
こんな言葉を耳にします。
『理想の自分を設定しなさい』
『なりたい自分を明確にしなさい』
そうすれば目標が達成できる、と。
でも、その『理想の自分』が
自分のシャドウを覆い隠すための
新たなペルソナであったとしたならば
それは、また新たな鎖に
自分を繋ぎにいくようなもの。
『成功している私』
『自信に満ちた私』
『完璧な私』
私自身、かつてそんな幻想を追い求め
頑張れば頑張るほど
息ができなくなりました。
達成しても、満たされない。
手に入れても、まだ足りない。
だから、また新たなペルソナを纏う。
そうやって、
誰かの期待に応えたかった。
応えなければ、
愛されないと思っていたから。
ペルソナは一見、
正しいもののように思えます。
きっと、キラキラもして見えるでしょう。
でも、それは虚像です。
ハリボテは、やがて剥がれます。
私たちは、ハリボテを纏う必要などなく
もっと自然体であることで
息をしやすい人生を送ることができます。
今、あなたは息ができていますか?

欺瞞
SNSが生まれてから、
仮面はより強固になりました。
完璧な外見
充実した私生活
素晴らしいパートナー
人々は、美しいところだけを見せます。
「成功している私」
「幸せな私」
「完璧な私」
でも、実はその裏側で
影が膨れ上がっているのかもしれません。
ペルソナが真実だと思い込むのは
危険なことなのです。
仮面の重圧に、
心が押しつぶされてしまうことがあります。
体に病的なサインとして
現れることもあるでしょう。
ある日突然、立ち上がれなくなったり
「もう頑張れない」
と思うこともあるでしょう。
抑圧し続けたその影が、依存や自己否定として
あなたを支配することも。
どんなに他者に認められ賞賛されようと
そこに心の安寧はないのかもしれません。
本当の自分からかけ離れた生き方は
不自然で息苦しいものだから。
その代償をいつか払うことになるのです。

解放
私たちは毎日、
職場で、家庭で、一生懸命働いています。
その中で、ほんの少しでいいから
一人になれる時間を持ってみてください。
そして、
静かに自分に問いかけてみてください。
『私は、どんな仮面をかぶっている?』
『あの人の前で、
私はどんな自分を演じている?』
『なぜ、演じる必要があるのだろう?』
『本当は、どんなことを思っている?』
『本当は、何を感じている?
何を恐れている?』
その声に、耳を傾けてみてください。
役割や、「こうであるべき」から解放された
本音を聴いてあげてください。
判断することなく。
大切な親友の話を聴く時のように
すべてを受け入れ
あなたがあなたの味方で在りながら。
それを続けることで、ペルソナに気づき
やがて、少しずつ、
手放していくことができるでしょう。
シャドウを受け入れ、解き放つこと。
それが、本当の自分に還る、第一歩です。
恐れる必要はありません。
あなたを本当に大切に想う人は、
あなたが『頑張らなくても』
あなたが『完璧でなくても』
あなたがどんなあなたであったとしても
ただ、いてくれるだけでいい。
ただ、あなたらしくいてくれるだけでいい。
そう思っています。言葉にはしなくても。
あなたはすでに、そのままで、
十分に尊い存在です。













