
あなたは今、感情の波に溺れていませんか?
先日、ある本の中で出会った一つの表現が、
私の中で静かに沈んでいきました。
「水蒸気があり、水になり、そして氷になる」
氷になろうとした私
氷は、まるで「肉体」のよう。
カチコチに固まっていて、
それぞれが独立し、「分離」して見えます。
「私は私、貴方は貴方」と
はっきりと分かれている状態です。
でも、魂は「水」のよう。
そこには形がなく
境界線もなく
すべてが溶け合い、繋がっています。
この考え方に触れた時、
私の中で、自分の星の性質が腑に落ちました。
私は占星術では、
太陽星座・月星座・水星星座の
すべてが「魚座」という稀有な星図で
魚座は、「水」のエネルギーが強い星座です。
「水」の性質は共感力が高く、
人との境界線が薄いと言われます。

私がブライダルの仕事をしていた頃のこと。
結婚式という大切な節目で感じる
新郎新婦の喜び。
親御様の万感の思い。
それらすべての感情が、
まるで自分ごとのように
私の中に流れ込んできてしまい
毎回、涙を流さずにはいられませんでした。
しかし、「プロなら泣くな」と先輩に教えられ
必死に「感情を感じないようにする」ことで
精一杯だった時期があります。
そう、私の人生は、思い起こせばずっと
「感情を感じないようにする」ことに
多くのエネルギーが注がれていたと思います。
すべての感情をありのままに感じてしまえば、
立っていることができなくなってしまうから。
自分をその波から守ることで
必死だったのです。
その頃の私は、
「水(魂)」として生きる自分を否定し
無理やり
「氷(分離した存在)」になろうとして
苦しんでいたのかもしれません。
けれど、今なら分かります。
その「境界線のなさ」こそが、
私が持って生まれた、ギフトだったのだと。
水の中で生きる私
私が、エステティシャンとして肌に触れる時。
指先が、お客様の肌に触れた瞬間
皮膚という境界線が
まるで薄い膜のように溶けていく。
体温が混ざり合い、呼吸が同期し
そこに言葉はないけれど、
心と心が水のように溶け合っていく。
言葉にならないものを感じ取れるのです。
これは、理論を詰め込む前の
エステティックを始めたばかりの頃に
特に強く感じていた感覚です。
そして、タロットやオラクルカードは、
カードという分離した物体を超えて
作者の魂と私の魂が水のように溶け合い
共鳴し、言葉が溢れてくる。
そこには、国籍や言語による
分離はありません。
ものすごく多次元的で
深いところでの一体感が在るのです。
そんな私だからこそ、一目惚れした
あるオラクルカードがあります。
そこには、深く、静かな
神話の世界が描かれていました。
神話とは、
アーキタイプであり、集合的無意識。
すなわち、
「全人類の深海」と繋がる物語です。
そのカードを見た時に、
ふと、イメージが浮かびました。
私たちの心も、海と同じだ、と。

海と繋がって生きる
海の表面は、風が吹けば白波が立ち
嵐が来れば、大荒れになります。
私たちが目にすることができる海は、
気候や気温といった外側の影響を受けて
絶えず変化し続けています。
私たちの心も、同じ。
あの人と朝、偶然電車で会えた日、
一日中、幸せな気持ちでいられた。
上司にミスを指摘された日は、
一日中、心がざわつき、自分を責め続けた。
それらはすべて、
外側の条件や、他人や、環境に対する
「反応」であって
海に例えれば、「波」のようなもの。
最も表層で起きている動きに過ぎません。
けれど、私たちはつい、
海面で起きているその「波」を
自分自身だと思い込み、溺れてしまいます。
「ああ、私はなんてダメなんだろう」
「もっと頑張らなければ」
そうやって、思考や感情の渦に翻弄され、
息ができなくなってしまうのです。
波は、あなたではありません。
ただの、「反応」です。
海にはもう一つの世界があることを
忘れてはいけません。
「深海」という聖域です。

どれだけ海面で嵐が吹き荒れていても、
深く、深く潜っていけば
そこには光も音も届かない、
すべてを包み込むような静けさがあります。
そこは、天気の影響を受けません。
他人の機嫌も、社会の喧騒も、届きません。
ただ静かに、揺らぐことなく
そこに「在る」だけの世界。
この深海こそが、
私たちの「I Am(本当の自分)」であり、
「魂」の居場所なのではないか。
そんなことを思ったのです。
I Amとは、深海そのもの
子育てにおいても、そうです。
以前の私は、子供の感情ひとつひとつに
反応してしまっていました。
けれど今は、深海と繋がりながら
日々子供と向き合えるようになってきました。
もちろん、波立つときもあります。
でも、その波に溺れることがなくなった。
それは、ここ数年で感じられる
私の確かな成長です。
瞑想は、深海に潜るためにするものです。
目を閉じて
外界からの刺激をシャットアウトして
表層の波(思考や雑念)をただ眺めながら
意識を深い場所へと沈めていく作業。
書くこと(ジャーナリング)は、
波と深海とを分ける作業です。
「何に怒りを感じている?」
「何が不安?」
「何が嬉しかった?」
「何を失うのが怖い?」
自分が感じている感情を書き出すことで、
その波が、ただ過ぎ去っていくのを
見守っている。
ジャッジすることなく。
すべての生命がそうであるように
私たちは、ただ、在る
理由もなく
今、ここに

あなたも海を宿している
不思議なことに、
私たちの体の約60%は水でできています。
そして、血液の塩分濃度は
太古の海とほぼ同じだと言われています。
まるで、私たち自身が
小さな“歩く海”であるかのように。
かつて私たちは、母の胎内で
羊水という海に浮かんでいました。
女性の月経が月の満ち欠けと響き合うのも、
どこかで海の記憶を宿しているから
・・・なのかもしれません。
だからこそ、
月の引力で潮が満ち引きするように
私たちの感情が揺れ動くのも
当たり前のこと。
その波に抵抗したり
罪悪感を感じる必要はありません。
ただ、生まれては
形を変えて流れていく。
私たちは、ただ、
それをあるがままに受け入れて
抱きしめてあげればいいのです。
月が海に静かに寄り添うように。

深海という愛、深海という永遠
もし、波に飲まれそうになったら
深く、息を吸ってください。
スマホ、SNSを遠ざけましょう。
目を閉じて、外界の刺激をシャットアウトし
深く、深く、
呼吸と共に潜っていってください。
そこには、必ずあります。
光も音も届かない
静謐な世界が。
あなたの中に、いつだって
そんな「Sanctuary」があることを
どうか忘れないでください。
波は、あなたではありません。
あなたは、深海そのもの。
それが、Essence of I Am.
「私は、在る」という真実です。













