こんにちは。日曜日の朝に、いつものようにオラクルカードを引いてみました。

出てきたのは「溺れる王(Rex Marinus / The Drowned King)」。

このカードは錬金術において、エゴ(自我)を象徴する「王」がいったん底まで沈み、そこから再誕するプロセスを示すと言われています。
自分の肩書きやプライドに固執しているときこそ、まるで水の底に沈むような試練が訪れ、本来の優しさや本質的な使命に気づくチャンスになる。
そうしたメッセージが込められているのです。
このカードを見た瞬間、私の中で中世ヨーロッパの歴史が鮮やかに浮かび上がりました。

タロットの勉強を始めてから、世界史の知識も必要になり、さまざまな中世~近世ヨーロッパの王や女王たちの映画やドラマを観てきました。
そして、その世界観に強く魅了されるように。
そこには、権力、愛、名声、そして裏切りや挫折といった「人間ドラマ」が詰まっているのです。
当たり前ですが、インターネットすらもない時代。医療も発展しておらず、キリスト教が国教となり、人々の心を支えていた時代です。
タロットと中世史の深いつながり

Naibi Tarot / Giovanni Vacchetta in 1893 by Il Meneghello 左から「女帝」「皇帝」「教皇」
タロットは、15世紀イタリアで誕生したと言われています。
タロットの大アルカナには「皇帝」「女帝」「教皇」といった称号が付されたカードがあり、中世~ルネサンス期の王侯貴族の世界観が濃厚に反映されています。
私はカードに描かれた象徴のルーツをより深く理解したくて、中世がモデルになった歴史映画やドラマを貪るように観た時期があります。物語を通じて当時の歴史や文化、人々の宗教観に触れてみたのです。
結果として、王や女王たちの葛藤や成長にこそ、タロットの奥深いテーマが詰まっていると思うようになり、象徴画の歴史背景をより深く知ることで、タロットはより雄弁に、私に語りかけてくれるようになりました。
今回のカード「溺れる王」も、その一つの象徴と言えるでしょう。いったんエゴに溺れ、そこから本来のリーダーシップや使命に目覚める。そんな姿は、歴史に名を残した多くの王や女王たちが辿った道にも重なります。
ミンキアーテタロットが示す「2人の皇帝」のアーキタイプ

Minchiate Etruria in 1700 by Il Meneghello
イタリア発祥のミンキアーテタロットには、通常のタロットにはない「2人の皇帝」が登場します。


一方がヴィザンツ帝国(東ローマ帝国)の皇帝を、もう一方が西ローマ帝国の皇帝を表しているというのが定説です。
史実では、西ローマ帝国は正式な分割(395年)後、476年に滅亡したとされるのに対し、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は同じく395年から始まった体制が1453年のコンスタンティノープル陥落まで続きました。
つまり、西側はおよそ80年ほどで崩壊し、東側は1000年以上もの長期政権を築いたことになります。
この対照的な運命は、同じ「皇帝」という地位でも、どう権力を扱い、どんな支えを得るかによって存続年数が大きく変わるということを示唆しているように感じます。
またこれらのカードは、周囲の人の声に耳を貸すことの大切さも伝えています。
権力に溺れることなく、周囲の声を聞き、優秀な側近の助けを得ることで、意外なほど長く繁栄していく場合もあれば、独善的なエゴに溺れ、周囲の人を大切にしない場合、早々に滅びることもあるのです。
同じタロットの「皇帝」というシンボルでも、自分がその力をどう使い、どう協力を得るかによって、実現される未来は大きく異なります。
そこが、「溺れる王」のテーマとも深く重なります。ではどのようにして、「溺れる王」から私たちは浮上することができるのでしょうか。
「溺れる王」の物語を生きた、歴史上の王たちの物語から学んでいきましょう。
「溺れる王」の物語を生きた王たち
ここからは、私のおすすめの映画・ドラマ作品と共に、「溺れる王 / 女王」たちをご紹介します。
一人目 : ヘンリー8世の栄光と没落
ヘンリー8世 (イングランド王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
🎞️映画『ブーリン家の姉妹』

🎞️ドラマ『ウルフホール』『THE TUDORS』
16世紀イングランドに君臨したヘンリー8世。6人もの王妃をめとり、そのうち2人を処刑した彼の生涯は、権力と欲望の化身とも言えるものでした。
離婚問題を巡って絶大な権威を誇るローマ教皇と対立し、自ら国教会(イングランド国教会)を樹立した出来事は、歴史に大きな転換点を刻むことになります。
この決断は、カトリックの支配体制に楔を打ち込む行為であり、後のヨーロッパ全体でのカトリックとプロテスタントの長い対立を生む決定打となったのです。
ここで注目したいのが、当時の「教皇」と「皇帝」の複雑な関係性です。史実において、ローマ教皇は神聖ローマ帝国皇帝カール5世の強い影響下にありました。ヘンリー8世が離婚問題を押し通そうとした背景には、実は深い政治的な力が存在していたのです。
皇帝カール5世は、ヘンリー8世の最初の妃であるキャサリン・オブ・アラゴンの親戚でした。当然、カール5世は叔母であるキャサリンを守ろうとし、その影響下にあった教皇はイングランド王の離婚を簡単には認めることができなかったのです。
このような複雑な力関係の中で、ヘンリー8世は教皇からの許可を得られぬまま、自ら国教会を発足するという前代未聞の決断に踏み切ることになります。
この歴史的な出来事は、タロットの象徴性と深く響き合います。タロットにおいて、「教皇」は宗教的権威と伝統を示し、「皇帝」は世俗的な権力と秩序を示す存在です。
16世紀のヨーロッパでは、精神的・宗教的支配を担う「教皇」と、政治的・軍事的覇権を担う「皇帝(王)」が絶妙な緊張関係を保ちながら世界を二分していました。しかし、ヘンリー8世はこの微妙なパワーバランスを大きく揺るがし、イングランドを独自の道へと導いていったのです。
彼自身は「自分の欲望や保身のためなら、周囲がどうなろうと構わない」というエゴが極端に強い王でした。最初は強大な権力を振るい、誰も逆らえない存在に見えた王も、晩年には病や孤独に苦しみ、多くの側近に裏切られ、自滅的な道を歩んでいきます。
この破滅的な姿は、まさに“エゴに溺れたまま浮上できなかった王”そのものであり、「溺れる王」の負の部分を象徴しているように感じられます。

『ブーリン家の姉妹』より
これらの作品の魅力は、豪華な衣装や宮廷儀礼など、16世紀イングランドの煌びやかな宮廷文化を堪能できることはもちろん、その華やかな表面の下で渦巻く政治的・宗教的陰謀や愛憎劇が生々しく描かれている点にあります。

『ブーリン家の姉妹』より
印象的なのは、『ブーリン家の姉妹』でのアン・ブーリン役ナタリー・ポートマンが、当時フランスで流行していたタロットカードを貴族たちに披露する場面です。
また、美しい衣装やヘアスタイルに彩られながらも、男たちの思惑に翻弄される中で、母として強く生き抜こうとする女性たちの姿には、深い感動を覚えずにはいられません。

『ウルフホール』より
ヘンリー8世が何を求め、なぜそこまで自我を貫いたのかを考えると、それはまさにタロットでいう「皇帝」が暴走した状態として映し出されます。
また、「女帝」としてのエゴを暴走させた結果、最後は処刑されたアン・ブーリンの姿からは、「女帝」が持つ美しさや権力、そしてその危うさまでもが浮かび上がってきます。
さらに、「教皇」と「皇帝」の微妙なパワーバランスは、タロットを読み解く上で重要な視点を私たちに示してくれる、まさに格好の歴史的教材と言えるでしょう。
アン・ブーリン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
二人目 : 若き王・ヘンリー5世の成長物語
ヘンリー5世(イングランド王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
🎞️映画『The King』

15世紀初頭のイングランド。若きヘンリー5世(通称ハル)の物語は、一人の放蕩息子が真の王へと変貌を遂げる、魂の成長の記録とも言えます。
父王の死により突如として王位を継承することになったハルは、周囲の思惑や外圧に振り回されながら、戦場と政治という過酷な現実と向き合っていきます。

『The King』より
「王とは何か? 」「自分はいったい何者なのか?」
この根源的な問いを抱えたハルの姿は、まるで大海原を漂う一艘の船のようでした。
しかし、血と泥にまみれた戦場での苦悩、そして大切な仲間との別れという深い悲しみが、彼の内なる王としての資質を目覚めさせていくのです。
クライマックスとなる「アジャンクールの戦い(1415年)」は、圧倒的な兵力差を抱えるイングランド軍が、地形と士気を巧みに活用して勝利を収めた歴史的な戦いです。この場面でハルは、”溺れる”寸前で踏みとどまり、真のリーダーとしての姿を見せることになります。
アジャンクールの戦い

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
彼の変容の過程は、タロットの大アルカナの物語とも重なります。
父王の死と王位継承は、「死神」のカードが示す「避けられない変化」として訪れ、それまでの放蕩の日々に終止符を打ちます。
信頼していた者たちの裏切りと戦場の過酷な現実は、「塔」のカードが象徴する「幻想の崩壊」として彼を打ちのめします。
しかし、その暗闇の中で、ハルは人々を守るという、愛と責任に目覚めていきます。これは「星」のカードが示す「希望の光」のように、彼の内面を照らし始めます。
そして物語の終盤、自らの意志で行動する彼の姿には、「太陽」のカードのような「堂々とした輝き」が宿ります。
もはやそれは、プライドや見栄のためではなく、仲間と国民のために生きるという、揺るぎない決意から生まれた光でした。

Naibi Tarot / Giovanni Vacchetta in 1893 by Il Meneghello 左から「死神」「塔」「星」「太陽」
『The King』の真の魅力は、壮大な戦闘シーンや圧倒的な映像美の先にあります。そこに描かれているのは、一人の若者が王として、そして人間として真の強さを見出していく心の軌跡です。
最初は自分の立ち位置も見出せず、重圧に押しつぶされそうになるハル。しかし、苦難や挫折、そして深い喪失を経験する中で、彼は少しずつ自分の進むべき道を見出していきます。
この姿は、私たち一人一人の人生とも重なって見えるのではないでしょうか。

誰もが時には道に迷い、時には深い闇の中にいると感じることがあるでしょう。
けれど、そんな経験があるからこそ、本当の強さと、自分が守るべきものを見つけることができる。
ハルの成長の物語は、そんな普遍的な真実を、深い説得力を持って私たちに語りかけてくれるのです。
三人目 : スコットランドの英雄 ロバート・ザ・ブルースと王妃の存在
ロバート1世 (スコットランド王)

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🎞️映画『アウトロー・キング』

14世紀、イングランドの支配下にあったスコットランド。その暗い時代に、一人の王が立ち上がりました。ロバート・ザ・ブルースです。

『アウトローキング』より
彼は幾度もの敗北と追放を経験しながらも、最後にはスコットランドの独立を勝ち取った英雄として歴史に名を残しています。
映画『アウトロー・キング』は、彼が絶望の底から這い上がり、真の王として目覚めていく壮大な物語を描いています。

『アウトローキング』より
物語の序盤、ロバートは圧倒的な力を持つイングランド軍に大敗を喫し、逃亡者として荒野をさまよう身となります。
タロットの「塔」のカードが示すように、彼の誇りは完全に打ち砕かれ、すべてを失ったかのように見えました。
しかし、その暗闇の中で、彼は新たな気づきを得ていきます。それは「民衆を守る」という、王としての本質的な使命でした。
荒涼としたスコットランドの大地を舞台に、作品は騎士道の崇高な理想と、戦場の過酷な現実を鮮やかに対比させています。
そしてその中で、ロバートは何度倒れても立ち上がり続けます。
まさに「溺れる王」の物語として、彼は一度深く沈んだからこそ、真の強さを手に入れることができたのです。

『アウトローキング』より
この再生の過程で、大きな存在感を放つのが王妃の存在です。
彼女はタロットの「女帝」を思わせる気高さと包容力を持ち、夫が最も苦しい時期にあっても、揺るぎない威厳を保ち続けます。
たとえ自身が囚われの身となっても、スコットランドと夫の未来を信じ続ける彼女の強さは、観る者の心を打ちます。
ロバートが「何のために戦うのか」という本質的な問いと向き合う中で、王妃の存在は彼の精神的な支柱となっていきます。
彼女の揺るがない信念と深い愛情は、溺れそうになるロバートの心を支え、浮上させる力となったのです。
二人の強い絆は、単なる政略結婚を超えた、真の王と王妃のパートナーシップを体現していました。
この作品は、一人の王が挫折を経て真のリーダーシップに目覚める過程を描いています。強さとは何か、導くとは何か、そして愛とは何かを、私たちに深く問いかける物語でもありました。
私は個人的にこの映画がとても好きです。しかし、戦争のシーンの残虐さは見ていて辛いものがあります。おすすめの映画ではありますが、残虐なシーンが苦手な方には注意が必要な映画です。

Soprafino Tarot in 1835 by Il Meneghello 左から「女帝」「皇帝」「教皇」
三人の王と王妃たち
パートナーシップが織りなす運命の違い
歴史を振り返ると、王と王妃の関係性が、その統治の在り方や王自身の成長に大きな影響を与えていることに気づきます。
特に印象的なのは、ヘンリー8世、ヘンリー5世、そしてロバート1世という三人の王たちが、それぞれ異なる形で王妃との関係を築いていった点です。

ヘンリー8世とアン・ブーリン
ヘンリー8世の物語は、王妃との関係において最も悲劇的な展開を見せました。6人の王妃との結婚は、離婚と処刑を繰り返す波乱の連続でした。
彼の強すぎるエゴは、王妃たちが「女帝」として本来の力を発揮する余地さえ与えなかったのです。
一方、映画『The King』で描かれるヘンリー5世は、どちらかというと孤独な戦いを強いられた王でした。彼の成長物語において、王妃の存在は大きくクローズアップされることはありません。
彼が真の王として目覚めていく過程は、主に戦場での経験や、戦友たちとの絆を通して描かれています。
そして『アウトロー・キング』のロバート1世。彼の物語で特筆すべきは、王妃との深い絆です。彼女は単なる王の伴侶ではなく、まさにタロットの「女帝」が体現するような存在でした。

『アウトローキング』より
豊かな包容力で夫を支えながら、同時に王家の威厳を示す「皇帝」の要素も併せ持つ、強さと優しさを兼ね備えた女性だったのです。
特に印象的なのは、ロバートが最も苦しい時期にあっても、王妃が毅然とした態度を崩さなかったことです。彼女は夫の弱さを受け入れながらも、決して王としての責務を忘れさせることはありませんでした。
優しく励ましながら、同時に強さを求める――このバランスの取れた支えがあったからこそ、ロバートは幾度の敗北を乗り越え、最終的にスコットランドを独立へと導く強い王となれたのではないでしょうか。

タロットの大アルカナにおいて、「女帝」は豊かな母性と創造性を、「皇帝」は秩序と権威を象徴します。
この二つの力が理想的な形で融合した時、王と王妃は真の意味でのパートナーシップを築くことができるのです。ロバートと王妃の関係は、まさにその理想形を体現していました。
三人の王の物語は、私たちに重要な示唆を与えてくれます。真のリーダーシップとは、決して単独の力だけで確立されるものではないということ。
そして、互いの強さを認め合い、補い合える仲間やパートナーの存在こそが、時として人を最も高みへと導く力となるということを。
Part2へつづく
